2019.07.06 ウーゴ・マラドーナ 神の子 ディエゴ・マラドーナの弟助っ人

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Salvador紹介の第二回目はウーゴ・マラドーナ。ディエゴ・マラドーナは世界的なスーパースターですが、弟は当時JFLだったPJMフューチャーズに入団し、話題となりました。

 

日本に来るまでの経緯

8歳上の兄ディエゴと同様に若いうちから将来を嘱望され、1985年のFIFA U-16世界選手権にアルゼンチン代表として出場。

予選のコンゴ戦では2ゴールを決めて勝利に貢献します。このことからも若いうちは本当に実力者だったことがうかがい知れますね。

クラブチームでは

Argentions Juniors(1985-1987、アルゼンチン)

ナポリ(1987、イタリア)

アスコリ(1987-1988、イタリア)

ラージョ・バジェカーノ(1988-1990、スペイン)

SK Rapid Viena(1990、オーストリア)

Dep.Italia(1990-1991、ベネズエラ)

Club Progreso(1991、ウルグアイ)

どこにもフィットしなかったんでしょう。欧州と南米のクラブを転々としていました。

そんなウーゴがなぜ日本に来たかというと、日本のPJMフューチャーズ(のちのサガン鳥栖)が将来のJリーグ参入を目指して、兄ディエゴマラドーナを22億円で獲得する交渉をしていました。しかし、ディエゴは麻薬疑惑が明るみとなり、日本の方に従って獲得は断念せざるを得なくなってしまいましたが、マラドーナを繋ぎとめておきたいという意図で、弟のウーゴを獲得することが決まったとのこと。

 

 

日本での活躍

そんなウーゴ・マラドーナですが、日本では助っ人としての活躍は十分でした。

1992年~1994年 PJMフューチャーズ 31得点@50試合

1995年 福岡ブルックス(アビスパの前身) 27得点@30試合

1996年 アビスパ福岡 12得点@31試合 → 現在のJ1リーグ相当

1997年~1998年 コンサドーレ札幌 25得点@59試合

 

 

日本を去ってから現在

日本を去ってからはアルゼンチンのクラブチームに2年ほど所属し引退。

2004年~2005年に、北中米のユナイテッドサッカーリーグに所属していたプエルトリコ・アイランダースの監督を務めました。

近況は不明ですが、2014年にアップされたウーゴマラドーナの動画によると、少年サッカーチームのコーチをやっています。地元クラブチームの経営かもしれませんが、元気そうで何よりです。

https://www.youtube.com/watch?v=NVnFItMQ9ME

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